『誕生日』内田美紗句集

・ほとけより美しかりし炭火かな
・桜蘂ふるや厄年一覧表
・父の日のドックに乾く潜水艦
・秋晴や斎場へ道まつすぐに
・ひやひやと空気を噛めば朝の月
・十二月八日夜干しのズボン垂れ
・秋晴やさみしきものに坐り胼胝
・冬うらら玉虫厨子の開けつ放し
・春昼の曲がつて曲がつて見舞ふ部屋
・郭公や男合せのシャツを着て
・燕の巣三つ持ちたる種苗店
・パドックに逸る一頭雲の峰
・黒揚羽等身大をはみだせり
・武豊ゐてバドックのさやけしよ
・立呑みの晩秋の脚二本づつ
『伊月集』夏井いつき句集

・遺失物係の窓のヒヤシンス
・春眠てふひかりの繭にうづくまる
・からつぼの春の古墳の二人かな
・るり揚羽あらがふときを光りけり
・蛇苺ほどのいぢわるしてをりぬ
・桐は天のあをさに冷ゆる花なりき
・滝みつめをるや眼球濡るるまで
・麦秋の櫂を濡らしてもどりたる
・子供らの歩けばひかる蛍籠
・赤ん坊ひよいとかかへて紅葉山
・晩秋の白鳥橋はわたらねど
・氷塊となりつつ滝のひびきつつ
・棒きれのやうに冬日のなかにゐる
・居酒屋の二階の冬の金魚かな
・象の糞ほくりとくづれ桜さく

*『誕生日』は内田美紗の『浦島草』に続く第2句集。1999年7月、ふらんす堂刊。2000円。耽美的な感覚が持ち味の作者だが、この句集ではこくのある短編小説的な要素が加わった。

*『伊月集」は夏井いつきの第1句集。序文は黒田杏子。1999年9月、本阿弥書店刊。2700円。句集前半の感覚の冴えがことに新鮮だ。後半は俳句に物語性をとりこもうとする試みが中心。

今月からしばらく、本誌のこの第一面では、新刊の句集二冊をとりあげ、それぞれの句集の十五句を私が抄出する。新刊句集を通して、今日の俳句の新風を受けとめたい、と思う。
今月の二冊は上欄のとおりだが、いつきも美紗も歯切れのよさで共通する。さらに、物語への志向でも。

居酒屋の二階の冬の金魚かな

はいつきの句。「居酒屋の二階の」と来て、何があるのかなと思っていると、「冬の金魚」が出てくるちょつとした意外性。その意外性が物語を呼び込む。一階の店で飲んでいた客が、何かの拍子に二階に上がった。二階は居酒屋の亭主の寝起きするところ。そこには小さな鉢に金魚が飼われていた。居酒屋の亭主は独り者で、かつて恋した女が忘れられない。金魚はその女なのだ。夜な夜な、たとえば「いつきさん」と亭主は金魚に声をかける。
そういえば、あざ蓉子に「十二月金魚はすこし男かな」(『ミロの鳥』)があった。いつきの句も、居酒屋の主を女とみなすと、やはり金魚はすこし男なのかもしれない。

立呑みの晩秋の脚二本づつ

右は美紗の句。立ち飲み屋はのれんで店内と外が区切られているだけ。だから、外から見ると後ろ姿の客の二本の脚だけが見える。店が繁盛していると、脚が二本ずつ、ずらつと並ぶ。時は晩秋、顔が見えず、男たちの二本の脚のみが眺められるその風景には、そこはかとない哀愁が漂う。二本の脚はそれぞれの人生のかたちや雰囲気を物語っているのだ。ともあれ、この句、顔を消して脚だけをクローズアップしたことで物語性がいっそう濃厚になった。
 私は飲めばすぐに顔に出る。それで、一人では飲み屋に入りにくい。飲み屋の客になるにはあまりにも酒が弱いのだ。そんな訳で、居酒屋、ことに立ち飲み屋にあこがれている。仕事帰りにふらりと寄って、コップ酒をぐいっと飲む。そんなことがしてみたい。

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